<懲戒処分の有効要件>
懲戒処分が有効とされるには、多くの条件を満たす必要があります。
できてから10年足らずの法令ですが、労働契約法には次の規定があります。
「使用者が労働者を懲戒できる場合に、その労働者の行為の性質、態様、その他の事情を踏まえて、客観的に合理的な理由を欠いているか、社会通念上相当であると認められない場合には、その権利を濫用したものとして無効とする」〔労働契約法15条〕
これは、数多くの裁判の積み重ねによって作られた「懲戒権濫用法理」という理論を条文にしたものです。
ですから「使用者が労働者を懲戒できる場合」、つまり就業規則や労働条件通知書、雇用契約書などに懲戒処分の具体的な取り決めがあって、その労働者の行為が明らかに懲戒対象となる場合であっても「懲戒権濫用法理」によって、裁判ではその懲戒処分が無効とされることがあります。
また、そもそも就業規則や労働条件通知書、雇用契約書などに懲戒処分の具体的な取り決めが無ければ、懲戒処分そのものができないことになります。
懲戒権の濫用ではないと認められるためには、次の条件を満たす必要があります。
・労働者の行為と懲戒処分とのバランスが取れていること。
・パワハラの問題が起きてから懲戒処分の取り決めができたのではないこと。
・過去に懲戒処分を受けた行為を、再度懲戒処分の対象にしていないこと。
・その労働者に説明や弁解をするチャンスを与えていること。
・嫌がらせや退職に追い込むなど不当な動機目的がないこと。
・社内の過去の例と比べて、不当に重い処分ではないこと。
<懲戒規定の明確さ>
実際にパワハラとされた行為が、懲戒処分の対象であることが明確でなければ、従業員としては、何が処分の対象かわからないまま処分されてしまうことになります。
この場合にも懲戒権の濫用となり、懲戒処分は無効となります。
同じパワハラでも、暴行、傷害、名誉棄損など、刑法上の罪に問われる行為であって、懲戒規定に「会社内において刑法その他刑罰法規の各規定に違反する行為を行い、その犯罪事実が明らかとなったときは」懲戒処分を行う旨の規定があれば、他の条件を満たす限り懲戒処分が有効となりうるのです。
しかし、こうした規定が無かったり、パワハラとされた行為が刑罰法規に違反する行為ではないという場合には、パワハラの定義の明確性が問題となります。
<パワハラの定義の明確さ>
法令にパワハラの定義はありません。ですから、職場ごとに明確な定義づけをしなければ、パワハラを理由とした懲戒処分はできません。
つまり、就業規則などの規定を読めば、問題とされた行為がパワハラにあたることが、その行為を行った人にも明らかだといえる場合、あるいは、パワハラについての教育研修が十分に行われているので、その行為を行った人にも理解できていたといえる場合でなければ、有効に懲戒処分を行うことはできません。
何を禁止されているかわからないのに、「あれはパワハラだったから処分します」という不合理なことは許されないのです。
社会保険労務士 柳田 恵一