<パワハラ教育の充実>
パワハラ防止のための社員教育が、中小企業でも進んできています。そうした中で、昔のことについて「あの行為はパワハラだったのではないか」という疑問も出るようになってきています。
昔のパワハラ行為を、懲戒処分の対象とすることはできるのでしょうか。
<刑罰不遡及の原則>
現在の就業規則に、問題とされる具体的なパワハラ行為についての懲戒規定があるとしても、昔の行為当時に規定が無かったならば、さかのぼって懲戒規定が適用されることはありません。
これは、刑罰不遡及の原則によるものです。〔日本国憲法39条〕
<時効の問題>
労働基準法は、賃金などの請求権について2年間、退職金について5年間の消滅時効期間を定めています。〔労働基準法115条〕
これは、民法に規定されている請求権の時効の例外を定めているものです。
しかし、懲戒処分は請求権ではないので、この規定とは無関係です。
また刑事訴訟法には、犯罪が終わった時から一定期間を過ぎると公訴が提起できなくなるという公訴時効についての規定があります。
しかし、これは国家が刑罰を科す場合の規定ですから、民間企業の懲戒処分には適用されません。今でも、遅刻すると罰金3,000円などブラックな話も聞かれますが、民間企業が従業員に罰金を科すということなど、あってはならないことです。
結局、懲戒処分に時効期間の規定は無いのです。
<民法の基本原則>
時効が無いのだから、どれほど昔のことでも懲戒処分の対象となりうるというのでは、安心して勤務できません。
労働契約も契約の一種ですから、民法の信義誠実の原則や権利濫用の禁止があてはまります。
権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。〔民法1条2項〕
権利の濫用は、これを許さない。〔民法1条3項〕
結局、あまりにも昔のことを持ち出して懲戒処分を行うのは、不誠実で懲戒権の濫用となり無効であるというのが結論となります。
<裁判では>
最高裁の裁判では、7年前の暴行を理由に懲戒解雇処分を行ったのは、懲戒権の濫用であり無効であるという判決があります。1審では解雇無効、2審では解雇有効、そして最高裁で解雇無効という判断でした。
最高裁は、会社側からの「警察の判断を待っていて懲戒処分のタイミングを見失った」という主張を退け、会社には懲戒処分を行うチャンスがあったのに怠っていたと判断したのです。
社会保険労務士 柳田 恵一