<労働政策審議会>
平成30(2018)年11月19日、労働政策審議会雇用環境・均等分科会(旧雇用均等分科会)で、女性の活躍の推進のための対策及びパワーハラスメント防止対策等についての審議が行われ、配布資料も公開されています。
労働政策審議会は、労働政策について審議を行う委員会です。厚生労働省に置かれている審議会のひとつで、厚生労働大臣の諮問機関ですから、ここでの審議が労働関係法令の改正案に反映されます。労働政策審議会に関する情報を把握することにより、今後の政府の動きや企業の取り組むべき課題を先取りすることができます。
<セクハラ防止対策の実効性向上>
これについては、4項目に分けて総論が述べられています。枠内は原文をそのまま引用したものです。
【セクハラ対策の必要性】
セクシュアルハラスメントは許されない行為であり、あってはならないもの。セクシュアルハラスメントを受けた労働者が相談を行い易くするとともに、二次被害を防止するため、労働者がセクシュアルハラスメントに関する相談を行ったことを理由として不利益取扱いが行われないよう徹底することが必要。 |
セクシュアルハラスメントは、「職場において、労働者の意に反する性的な言動が行われ、それを拒否するなどの対応により解雇、降格、減給などの不利益を受けること(対価型)」または「性的な言動が行われることで職場の環境が不快なものとなったため、労働者の能力の発揮に悪影響が生じること(環境型)」をいいます。これが厚生労働省による説明です。
これによると、労働者が「不利益を受けること」あるいは「悪影響が生じること」という実害の発生が、セクハラ成立の条件のようにも見えます。しかし、企業としてはセクハラを未然に防止したいところです。
ましてや、セクハラ被害者が会社の窓口に相談したところ、情報が社内に漏れてしまい、被害が拡大するという二次被害の発生は確実に防止しなければなりません。二次被害が一度でも発生すれば、怖くて会社の窓口に相談できなくなりますから、セクハラ被害が更に拡大する恐れが生じてしまいます。できれば、社会保険労務士のような社外の専門家を相談窓口にすることをお勧めします。
【社外からのセクハラ、社外へのセクハラ】
社外の労働者からセクシュアルハラスメントを受けた場合や、社外の者に対してセクシュアルハラスメントを行った場合の対応をより一層明確化し、取組を徹底することが必要。 |
多くのセクハラ対策は、被害者と加害者の両方が社員の場合を想定しています。
実際、多くのハラスメントは社員同士で問題となります。
これを放置することは、会社にとって明らかにマイナスですから、積極的な対応をすることに躊躇する理由はありません。
しかし、お取引先の社員からのセクハラであれば、今後の取引関係を考えて、事なかれ主義に走ってしまう危険があります。
社員が被害者となった場合には、会社として毅然とした態度が必要です。
お取引先も理解を示さざるを得ませんし、社員は会社の態度に共感するでしょうし、こうした情報が外部に漏れても批判は生じにくいものです。
長い目で見れば、会社にとってのプラスが大きいといえます。
反対に、社員からお取引先に対するセクハラの疑いが生じたら速やかに事実を調査し、自社の方からお取引先に出向いて調査結果の報告やお詫びをする必要があります。
加害者・被害者が社内に留まらなくても、客観的に見れば人権侵害(嫌がらせ)であることに変わりはありません。
多くの場合、慰謝料を含めた損害賠償請求の対象となりますし、内容によっては犯罪となり刑法で罰せられることもあります。
ですから、これを防止すべきこと、万一発生したら善処すべきことに差異はありません。
取引先との間で発生するセクハラを定義すると、次のようになるでしょう。
「性的言動により、取引先の労働者に不利益や不快感を与えたり、就業環境を害するようなこと」
また、社員を守るため、取引先からのセクハラが疑われる事実があれば、上司や社内の相談窓口に報告する義務も規定すべきです。
どちらも、社員と会社を守るための規定ですから、ぜひ就業規則に加えておくことをお勧めします。
【企業の取組】
セクシュアルハラスメント防止対策の実効性向上に加え、男女雇用機会均等法に沿った雇用管理の実現やポジティブ・アクションの推進に向けて、企業の実効性ある取組を促すことが必要。 |
今後、労働政策審議会では、各企業での男女雇用機会均等法に沿った雇用管理の実現やポジティブ・アクションの推進に関する実効性ある取組を促すため、社内でその業務を担当する労働者(男女雇用機会均等推進者)について、選任するよう努めることを法律に規定してはどうか、その推進者の役割に、女性活躍推進法に基づく行動計画策定や情報公表の取組の推進も加えてはどうかということが議論される予定です。
ポジティブ・アクション (positive action)は、肯定的差別(positive discrimination)と肯定的措置(affirmative action)を組み合わせた和製英語です。
このうち肯定的措置(affirmative action)というのは、弱者集団の不利な現状を把握し、歴史的経緯や社会環境を踏まえて是正するという改善措置を指します。
弱者集団については、民族、人種、出身などによる差別が問題となるのですが、日本では特に女性差別が問題とされ、厚生労働省が中心となって女性の活躍や男女格差解消を推進しています。
具体的な肯定的措置としては、就職や昇進での特別な採用枠の設置や試験点数の割り増しなどの直接的な優遇措置があります。
【法律による対応】
セクシュアルハラスメントは許されない行為であるという趣旨を明確にする観点から、法律でセクシュアルハラスメントを禁止すべきという意見がある一方、そうした規定を設けることについては、民法等他の法令との関係の整理や違法となる行為の要件の明確化等の課題があることから中長期的に検討することが必要との意見がある中で、どのように考えるか。 |
パワハラは、次の2つが一体となって同時に行われるものです。
・業務上必要な叱責、指導、注意、教育、激励、称賛など
・業務上不要な人権侵害行為(犯罪行為、不法行為)
行為者は、パワハラをしてやろうと思っているわけではなく、会社の意向を受けて行った注意指導などが、無用な人権侵害を伴っているわけです。
しかしセクハラは、業務上不要な人権侵害行為(犯罪行為、不法行為)が単独で行われるケースが多く、行為者が会社の意向を受けて行うということもありません。
会社にとって有益な部分は無いのですから、セクハラは徹底的に排除すべきです。むしろ、セクハラの徹底排除が会社にとって有益です。
セクハラ行為は、刑法上の犯罪が成立して刑事事件とされたり、民法上の不法行為とされ損害賠償の請求対象となったりします。
また、セクハラに耐えられず退職の申し出をした場合には、民事上その意思表示の有効性が問題となります。
ですから、刑法にセクハラ罪というものを新設したり、民法にセクハラ関係の規定を加えたりしなくても、現状の法令で十分対応できるのです。
そのため、法律でセクハラを禁止することについては、労働政策審議会も「中長期的に検討することが必要との意見がある中で、どのように考えるか」という迷いを見せています。
現状では、専門家に具体的な事情を明らかにして相談するのが、現実的な対応だといえるでしょう。
社会保険労務士 柳田 恵一