パワハラを疑われないための条件

パワハラを疑われないための条件

<パワハラとは>

職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係など「職場内での優位性」を背景に、「業務の適正な範囲」を超えて、精神的・身体的苦痛を与え、または、職場環境を悪化させる行為をいいます。これが厚生労働省による説明です。

ここで「同じ職場」というのは、1つの企業内ということではありません。取引先などを含めた複数の企業の従業員が「同じ職場」で働けば、そこにパワハラが発生しうるのです。

 

【厚生労働省によるパワハラの6類型】

身体的な攻撃 暴行、傷害、丸めた書類で頭を叩く
精神的な攻撃 脅迫、名誉毀損、侮辱、ひどい暴言
人間関係からの切り離し 隔離、仲間外れにする、無視
過大な要求 業務上不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害
過小な要求 能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じる、仕事を与えない
個の侵害 私的なことに過度に立ち入る

<身体的な攻撃>

殴ったり蹴ったりは暴行罪に当たります。物を投げつければ、当たらなくても暴行です。ケガをさせれば傷害罪です。刑法には、次のように規定されています。

 

【傷害罪】

第二百四条 人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

 

【暴行罪】

第二百八条 暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

 

「そんなことまで暴行になるとは知らなかった」などと言ってみても、刑法は許してくれません。

 

【故意】

第三十八条 3 法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。

 

故意犯のことを、日常用語では「確信犯」などと言います。

法律用語の「確信犯」は、「道徳的、宗教的または政治的信念に基づき、本人が悪いことではないと確信して行う犯罪」をいいます。つまり、刑罰に触れる行為ではあるけれど、悪いことではないと考えて行うのです。

 

職場で身体的な攻撃を行うのは、怒りの感情を抑え切れなかったり、「この場合には正しい行為である」という確信を持ったりした場合でしょう。

前者については、アンガーマネジメントが必要です。職場では、叱ることはあっても、怒る必要はありません。この区別ができるように自己鍛錬が必要です。

他人の身体を侵害しても許される場合として、刑法には、法令又は正当な業務による行為〔35条〕、正当防衛〔36条〕、緊急避難〔37条〕、心神喪失者の行為〔39条〕、14歳に満たない者の行為〔41条〕といった規定があります。しかし、職場でカッとなって暴行を加えるのは、どれにも当てはまりません。

 

<精神的な攻撃>

脅迫というのは、害悪の告知です。これも刑法に規定のある犯罪です。

 

【脅迫】

第二百二十二条 生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、二年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。

2 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者も、前項と同様とする。

 

脅迫は、証拠が残ったり、証人がいたりすれば、警察沙汰になることもあります。

 

名誉毀損、侮辱、ひどい暴言というのも、人前で行えば刑法により犯罪とされます。

 

【名誉毀損】

第二百三十条 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀き 損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。

 

【侮辱】

第二百三十一条 事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する。

 

同僚や部下の目の前で、「使えない奴だ!」と叱責するのは侮辱罪に当たりますし、「取引先との商談を忘れるなんてふざけた奴だ!」と叱責するのは名誉毀損罪に当たります。この場合には、証人もいますから言い逃れはできません。

 

会議室などにこもって、必要以上に長時間にわたり繰り返し執拗に叱るのは、監禁罪〔刑法220条〕に該当する場合があります。

 

こうして見ると、パワハラ罪というものは無いのですが、警察に知れれば刑法上の罪に問われるパワハラ行為は多いことがわかります。

 

もちろん、犯罪にはならなくても、業務上必要も無いのに精神的な攻撃を行うことは、パワハラ行為とされ慰謝料を含めた損害賠償請求の対象となり得ますし、社内でも懲戒処分の対象とされることがあります。

 

<人間関係からの切り離し>

1人だけ別室に席を移す、強制的に自宅待機を命じる、送別会に出席させないなどの「村八分」もパワハラ行為です。

これは、犯罪とはならなくても、不法行為になりますから、慰謝料を含めた損害賠償請求の対象となり得ます。

 

【民法の規定】

(不法行為による損害賠償)

第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

(財産以外の損害の賠償)

第七百十条 他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。

 

つまり、人間関係からの切り離しを行っても犯罪にはならないのですが、民事訴訟を提起されることはあるわけです。

 

<過大な要求、過小な要求>

やり方を教えることなく仕事をさせたり、何時間もかかる仕事で残業させ自分は帰ってしまったりというのは、過大な要求になります。

運転手に営業所の草むしりだけを命じる、事務職に倉庫業務だけを命じるというのは、過小な要求になります。

これらも人の心を傷つける行為なので、必要の無いことであればパワハラになります。

 

<個の侵害>

これは、プライバシーの侵害です。プライバシー権は、個人として尊重される権利であり、法律上保護される利益です。日本国憲法13条が根拠とされています。

社会保険や税法上の手続きで、家族の情報が必要な場合には、その必要の範囲内での取得が認められています。

しかし、適正な範囲を超えて、家族について具体的なことを尋ねたり、悪口を言ったりはプライバシーの侵害です。

交際相手について執拗に尋ねたり、休日の過ごし方を尋ねたりするのもプライバシーの侵害になりますし、内容によってはセクハラにもなります。

 

<パワハラを疑われないための条件>

以上のことから、次の条件を満たしている限り、業務上必要な叱責、指導、注意、教育、激励、称賛などは、パワハラには該当しません。萎縮せずに堂々と行うことが、部下や後輩を育成するうえで大切です。

 

直接の相手や周囲の人々を個人として尊重しており、身体も心も傷つける恐れが無い。

 

この条件に「周囲の人々」が入っているのは、直接行為が向けられている人だけでなく、周囲にいる人々の心の平穏にも配慮する必要があるからです。

言葉で暗記しなくても、その場の様子をビデオに収め、相手の家族や友人に見せても嫌な顔をされないと確信できるなら大丈夫と考えれば良いでしょう。

 

社会保険労務士 柳田 恵一