<「許される」の意味>
「遅刻は何回まで許されるか」という疑問に対しては、「許されない」とは何かを想定し、それぞれについて回答する必要があります。
【遅刻について「許されない」の意味】
① 給与の欠勤控除を受ける。
② 懲戒処分を受ける。 ③ 損害賠償の請求を受ける。 |
1回でも遅刻すれば、上司や先輩から注意を受けるでしょうから、これすら無くて許されるということは想定できません。
すると、上記①~③の3つについて考えることになります。
<① 給与の欠勤控除を受ける>
欠勤控除について、モデル就業規則の最新版(平成30(2018)年1月版)は、次のように規定しています。
【欠勤等の扱い】
第43条 欠勤、遅刻、早退及び私用外出については、基本給から当該日数又は時間分の賃金を控除する。 |
欠勤控除について、労働基準法その他の法令には規定がありません。
しかし一般に、労働者の労務の提供がない場合には、使用者は賃金を支払う義務がなく、労働者も賃金を請求できないという「ノーワーク・ノーペイの原則」が認められています。
この原則は、労務の提供と賃金の支払いが対応するという労働契約の性質上、当然に認められているものです。
ですから、欠勤控除をすることは違法ではないのですが、計算方法について就業規則等に明記しておく必要はあります(絶対的必要記載事項)。
また、遅刻による欠勤の時間に対応した賃金を超えて欠勤控除をすることは、懲戒処分になりますから、懲戒処分としての適法性が問題となります。
<② 懲戒処分を受ける>
モデル就業規則の最新版で、遅刻についての懲戒処分の規定は、次のようになっています。
【懲戒の事由】
第64条 労働者が次のいずれかに該当するときは、情状に応じ、けん責、減給又は出勤停止とする。
② 正当な理由なくしばしば欠勤、遅刻、早退をしたとき。
2 労働者が次のいずれかに該当するときは、懲戒解雇とする。ただし、平素の服務態度その他情状によっては、第51条に定める普通解雇、前条に定める減給又は出勤停止とすることがある。 ③ 正当な理由なく無断でしばしば遅刻、早退又は欠勤を繰り返し、 回にわたって注意を受けても改めなかったとき。 |
この規定によると、2つのパターンがあります。
・正当な理由なくしばしば遅刻をしたとき → けん責、減給、出勤停止
・正当な理由なく無断でしばしば遅刻し 回注意されても遅刻したとき → 懲戒解雇など
「無断で」「注意されても」なお遅刻すると、懲戒解雇もありうるということになります。
これは、別に次の規定があって、遅刻の事前申し出と承認を必要としているからです。
こうした規定により、事前申し出を義務付けていなければ、「無断で」を理由に処分することはできません。
【遅刻、早退、欠勤等】
第18条 労働者は遅刻、早退若しくは欠勤をし、又は勤務時間中に私用で事業場から外出する際は、事前に に対し申し出るとともに、承認を受けなければならない。ただし、やむを得ない理由で事前に申し出ることができなかった場合は、事後に速やかに届出をし、承認を得なければならない。 |
さて、モデル就業規則第64条第1項第2号には、「しばしば」という言葉があります。
この意味は、会社ごとに運用で決めることになります。
すると「何回まで許されるか」については、「運用による」という回答になってしまいます。
また、ここの第2項第3号には「 回にわたって」という言葉があり、何回にするかは会社が決める形になっています。
こうした規定があれば、会社の無断遅刻が何回まで許されるかは、かなり具体的にわかります。
このように、懲戒処分を受けないという意味で「許される遅刻は何回までか」という質問に対しては、「会社の就業規則と運用による」という回答になります。
<③ 損害賠償の請求を受ける>
損害賠償については、労働基準法に次の規定があります。
【賠償予定の禁止】
第十六条 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。 |
遅刻は「労働契約の不履行」の一つですから、「遅刻すると1回につき3千円の罰金」などのルールは、労働基準法の禁止する賠償予定にあたるため違法となります。
しかし、「予定」するのではなく、会社に実際に損害が発生して、会社が損害額を証明できるのであれば、遅刻した社員に損害賠償を請求することができます。
朝一番で予定していた大事な商談に遅刻して、商談相手が怒って帰り、その後お詫びしても許してもらえず、大きな仕事をライバル会社に取られてしまったという場合には、ある程度具体的な損害額が算定できるでしょう。
つまり、損害賠償責任については、遅刻の回数は問題ではないことになります。
こうしてみると、懲戒処分についての規定の中の「しばしば遅刻」「 回にわたって注意を受けても」という部分は、会社に与えた損害額や不注意の程度を基準にすることも、十分に客観的な合理性があるといえます。
社会保険労務士 柳田 恵一