<加害者に注意できない職場>
職場内にパワハラの常習犯がいても、どう注意したら良いのか悩んでしまう。あるいは、注意しても加害者にパワハラの自覚が無い、加害者が納得しないということがあります。
これはその職場で、パワハラ防止対策が適正に行われていないことによって、発生する悩みです。注意しようとした人、あるいは注意した人の能力不足ではありません。
<パワハラ防止対策の基本>
パワハラの加害者に注意できる状態にするには、次のパワハラ防止対策が必要です。
① パワハラの定義を、その職場の全員が理解できることばで就業規則に示す。
② パワハラの禁止を、就業規則に定める。 ③ パワハラに対する懲戒処分を、就業規則に定める。 ④ 具体的事例を踏まえたパワハラ研修を定期的に実施する。 |
<① パワハラの定義を示す>
パワハラの定義が職場内で明確になっていなければ、つまり、ある行為についてのパワハラ該当性が不明確であれば、「あなたの行為はパワハラだ」「いや違う」という意見の対立が生じてしまい、解決の糸口すら見えません。
たとえば、平成24(2012)年3月に厚生労働省の「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」が取りまとめた提言では、職場のパワーハラスメントの概念を以下のように整理しています。
職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう。 |
こうした表現を、このまま使える職場もあるでしょう。
しかし、高校生のアルバイトや高齢者がいる職場などでは、すべての年齢層に理解できる表現で定義を示しておく必要があります。
<② パワハラを禁止する>
就業規則でパワハラを禁止することにより、従業員一人ひとりの労働契約の内容に、パワハラの禁止が盛り込まれることになります。
モデル就業規則の最新版(平成30(2018)年1月版)は、次のように規定しています。
(職場のパワーハラスメントの禁止)
第12条 職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景にした、業務の適正な範囲を超える言動により、他の労働者に精神的・身体的な苦痛を与えたり、就業環境を害するようなことをしてはならない。 |
これは、パワハラの定義と禁止を1つの条文にまとめた例です。これを参考にして、それぞれの職場に適した内容で定めると良いでしょう。
<③ 懲戒処分の定めなど>
就業規則では、禁止と懲戒とが対を成します。
禁止だけで懲戒処分が規定されていなければ、禁止の実効性が保たれません。
禁止されていないことが、懲戒処分の対象にされるのは不合理です。
就業規則で禁止したからには、これに対応した懲戒処分の規定を置かなければなりません。
また、部下を持たせた時からパワハラに走る社員には、部下を持たせることが危険ですから、部下を持たせないようにする必要があります。つまり、管理職に抜擢した社員がパワハラを行うようであれば、管理職として不適格なのですから、人事異動により管理職から外すなどの対応が必要です。
さらに、部下を持つ社員の人事考課基準には、パワハラをせずに部下を指導・育成しているか否かを含めておく必要もあります。
<④ パワハラ研修の定期的な実施>
就業規則の内容を含め、全従業員にパワハラ研修を実施しなければなりません。
なぜなら、パワハラは上司から部下に対して行われるだけでなく、先輩から後輩に行われることもありますし、パワハラを受ける立場の従業員にも研修を実施しておかなければ、被害の申し出を躊躇することになるからです。
この研修は、最新事例を盛り込みながら、最低でも年1回は実施すべきでしょう。
<パワハラ防止の重要性>
パワハラによって利益を得る者はいません。
会社にとっては、生産性の低下、人材育成の遅れ、定着率の低下という損失が発生します。時には、被害者のメンタルヘルス不調などにより、労働力の喪失や損害賠償責任を生じることもあります。
加害者が無自覚でパワハラ行為に及んでいた場合には、会社との関係で、ある意味被害者の立場にあるといえるでしょう。そして、社内だけでなく、社会的な信頼を失うこともあります。何より辛いのは、家族からの信頼を失うことです。
本社ではできているが支店や営業所ではできていない、親会社ではできているが子会社ではできていないという危険もあります。
「パワハラの加害者にどう注意したら良いのか」という疑問が出る職場では、経営者が中心となって、積極的にパワハラ防止対策に取り組まなければなりません。
社会保険労務士 柳田 恵一