<非常識な弁償>
たとえば、会社で30年以上使われてきたホッチキスを、たまたま自分が使っていたら壊れたとします。
こんなとき、乱暴に扱ったわけでもないのに「あなたが使っていて壊れたのだから自分のお金で新しいのを買ってきなさい」と言われたら、決して納得などできません。
法律上も、こうした常識に反する解決を強制されることはありません。
<労働者の会社に対する損害賠償責任>
労働者が故意や過失によって、会社に損害を与えた場合には、損害賠償責任が発生します。〔民法第709条〕
物を壊すなど財産上の損害だけでなく、名誉や信用といった形の無いものに対する損害や、お客様に損害を与えたために会社が損害賠償をした場合も含まれます。
それでも、会社は労働者の働きによって利益をあげていて、危機管理の義務もありますから、リスクをすべて労働者に負わせるのは不公平です。
そこで裁判になれば、多くのケースで損害の全額を労働者に負担させることはできないとされています。
具体的には、労働者本人の責任の程度、違法性の程度、会社が教育訓練や保険で損害を防止しているかなどの事情を考慮して、労働者が負担すべき賠償額が判断されます。
<賠償額の給与天引き>
労働者が、会社に損害賠償責任を負う場合であっても、会社が一方的に賠償金の分を差し引いて給与を支給することは禁止されています。〔労働基準法第24条1項〕
したがって、会社は給与を全額支払い、そのうえで労働者に損害賠償を請求する必要があります。
また、労働契約を結ぶ際に「備品の破損は1回5,000円を労働者が弁償する」など、労働者が会社に損害を与えた場合について、あらかじめ賠償額を決めておくこともできません。〔労働基準法第16条〕
<懲戒処分にあたるような場合>
それでも、たとえば上司と口げんかをしていて、興奮して電卓を投げつけたら壁にぶつかって壊れたというような場合に、「会社は労働者の働きによって利益をあげていて、危機管理の義務もあるから…」という理屈は、ストレートには当てはまりません。
また、会社の業務用の車で遊びに行き、交通事故を起こして車が壊れた場合でも、損害賠償について就業規則に規定がないというのは不都合です。
こうした万一の場合に備えて、就業規則には必要な懲戒規定を置くべきですし、
「会社は○○条から○○条による懲戒処分の他、その受けた損害の一部または全部を賠償させることがある」という規定を置いて、社内に周知しておくべきです。
これだけでも、労働者の注意を喚起できますし、いざ訴訟となれば損害賠償を求める場合の根拠の一つとなります。
ただし、損害額の何割を労働者に賠償させるのが適当かは、ケース・バイ・ケースですから、「損害額の○割を負担する」というように、具体的な割合まで規定してしまうのは、労働基準法第16条の趣旨に反してしまうことが多いので、注意しましょう。
社会保険労務士 柳田 恵一