<民法の適用>
労働契約も契約の一種ですから、原則として民法が適用されます。
この民法には、任意規定と強行規定が混在していて、その区分は条文に明記されていないことが多いので、最高裁の判例などで確認しなければなりません。判例が無ければ、学者の学説などを参考にして判断することになります。
任意規定というのは、法令に規定があっても当事者がそれに反する意思表示をすれば、法令の規定よりも当事者の意思表示が優先されるものをいいます。当事者が何も意思表示をしない場合でも、任意規定が適用されることによって、契約の内容が補充されます。
強行規定というのは、法令の規定のうちで,当事者の意思にかかわりなく適用される規定をいいます。当事者が強行規定とは別の意思表示をしても、それは無効とされ、自動的に強行規定の内容に修正されます。
結局優先順位は、任意規定 < 契約など当事者の合意 < 強行規定 となります。
つまり、労働者から承諾する旨の一筆をもらったとしても、強行規定に反する内容であれば、無効になってしまうということです。
<労働基準法の適用>
労働基準法には「労働者の保護」という確固たる目的があり、この目的を確実に果たすため、その規定は原則として強行規定です。
民法とダブって規定されている内容については、特別法である労働基準法が、一般法である民法に優先して適用されます。
ですから、労働基準法に反する内容について、労働者から一筆もらっても、まず効力は生じません。
<憲法の趣旨の適用>
憲法は国の最高法規です。〔日本国憲法第98条第1項〕
ですから、この憲法に反する法令などは効力がありません。
憲法は、基本的には国家に対する命令ですから、国民に直接適用されるわけではありませんが、その趣旨は、企業や個人など私人間の契約にも効果が及ぶものと解されています。
そのため、たとえば職業選択の自由〔日本国憲法第22条第1項〕を侵害するような契約は、その効力を否定されます。
具体的には、一定の期間退職を禁止する、退職にあたって違約金の支払いを必要とする、退職後にライバル企業に転職することを禁止するといったことは、職業選択の自由を侵害しますから、基本的には、たとえ労働者が合意しても、憲法の趣旨に反して無効となります。
会社としては、退職する労働者から念のため一筆もらっておいても、無効となることが大半なのです。
最高裁の判例でも、ライバル企業への転職の制限について、期間とエリアを限定し、しかも、十分な経済的代償措置を取った場合に限り、労働者の合意が有効だと判断しています。
<合意の有効性>
労使関係では、たとえ労働者が合意していても、その合意が無効となってしまうケースは意外と多いものです。
「本人が同意すれば大丈夫」というのは、ありがちな素人考えです。
社員から一筆もらう場合には、よくよくその有効性を吟味したうえで、慎重に行いましょう。
社会保険労務士 柳田 恵一