<残業代放棄の可能性>
企業側が意図的にサービス残業をさせていたわけではなく、従業員が勤務時間の管理・集計について、自らルール違反をしていた場合にまで、賃金の支払いをしなければならないのでしょうか。
こうした場合には、自主的に残業代を放棄していると考えられないのでしょうか。
具体的には、次のようなケースが考えられます。
・従業員が自主的に残業している場合
・従業員がタイムカードの打刻を怠っているとき
・従業員が事実と違う打刻をしているとき
<従業員が自主的に残業している場合>
残業というのは、使用者の命令に応える形で行われるものです。ですから、従業員が勝手に行った残業に対して、使用者が賃金の支払義務を負うというのでは、人件費のコントロールはむずかしくなります。
それでも、従業員が勝手に残業したのに対して、「自分の勝手な判断で残業してはならない」ということを徹底的に指導しなければ、「会社が残業を黙認した」ということになり、残業代を支払わなければなりません。
これを防ぐには、就業規則に自分の勝手な判断で残業してはならない旨をきちんと規定し、違反した場合には、始末書をとって反省してもらう譴責(けんせき)処分などの懲戒規定が必要となることもあるでしょう。あるいは、人事考課で評価の対象とすることも考えられます。
また、どのような場合に残業が必要か、包括的な基準と具体的な基準を書面化して従業員に示し教育しておく必要があります。これをしておかないと、上司の命令がなければ一切残業できないということになり不都合だからです。
<従業員がタイムカードの打刻を怠っているとき>
労働基準監督署が監督に入れば、タイムカードなどの出勤・退出の時刻を基準に、労働時間を正しく計算し直すよう求めてくるのが一般です。しかし、従業員がきちんと打刻していなければ計算できません。これは、従業員の自業自得であるようにも思えます。
ところが、きちんとタイムカードを打刻するように指導し、打刻もれがあれば、その都度正しい時刻を確認するのが会社の義務だとされます。そして、従業員から「この日は23時頃まで残業した」「先月の日曜日はいつも4時間程度休日出勤した」という申し出があれば、基本的にはこれを基準として計算しなければなりません。
これを防ぐためには、就業規則に打刻義務を規定し、正しい打刻の指導をして、必要に応じて懲戒処分についても規定を置き、人事考課の対象とすることも考えられます。
一般に、残業手当をきちんと支払わない職場では打刻もれが目立ちます。ですから、打刻もれが多いことについては、サービス残業の存在を推認させるという点で、労働基準監督官も注目します。きちんとした打刻は大きな注意ポイントでしょう。
<従業員が事実と違う打刻をしているとき>
従業員が出勤直後にタイムカードを打刻せず、しばらく働いてから本来の出勤時刻に打刻するという不正があります。また、タイムカードを打刻してから残業するという不正もあります。
場合によっては、ミスの多い従業員や加齢によって生産性の低下した従業員が、能力不足をカバーするために自主的に行っていることもあるでしょう。特に上司から「ミスが多い」「仕事が遅い」「残業するな」と強く言われている場合には危険です。
ところが客観的に見ると、これは会社が得をして、従業員が損をする行為です。そのため労働基準監督官は、会社が従業員に対して不正な打刻を強要しているのではないかと疑ってしまいます。
これを防ぐには、打刻を怠っている場合の対応に加えて、きちんとした評価基準の設定と、正しい人事考課が必要です。生産性の低い従業員については、同期の従業員よりも基本給や時給が低いのは仕方のないことです。厳しい話ですが、これをきちんとしないと本人もかえって苦しいはずです。
<労働法は従業員の味方>
労働基準法には労働者に対する罰則がないことからもわかるように、労働基準法をはじめとする労働法は労働者の保護を徹底しています。
したがって、その解釈にあたっても、従業員に明らかな権利濫用があったとか、世間の反感を買うような不誠実な態度が見られたとか、特別な事情がない限り「従業員は悪くない」という解釈になります。
<残業代の支払いが不要な場合とは>
残業が必要となる場合の基準を明確に示し、十分な教育を実施して、従業員の個人的な判断による勝手な残業や休日出勤を禁止し、違反者に対する懲戒処分や人事考課の評価を落とすことも行っている会社で、教育されても注意されても懲戒処分を繰り返されても、身勝手な自主残業をやめない従業員に対しては、その部分の賃金支払い義務が発生しない場合もあるでしょう。
タイムカードを打刻しなかったり不正に打刻したりの場合にも、同様に考えることができます。
ただ、こうした従業員を会社が放置しておくというのは、いかにも不自然です。他の従業員に悪影響を及ぼし、職場の規律を乱しているといえるからです。
場合によっては、普通解雇や懲戒解雇の検討が必要となるかもしれません。
社会保険労務士 柳田 恵一