<就業規則の規定>
多くの企業では、取引先から個人的な謝礼を受け取ることを禁止し、これに違反した場合には懲戒処分の対象となりうることを、就業規則に定めています。
本来は会社に帰属するはずの利益を、特定の個人が受領するというのは、不正行為となる場合も少なくないので、これを防止しようというわけです。
モデル就業規則の最新版(平成31(2019)年3月版)は、次のように規定しています。
【懲戒の事由】
第66条 2 労働者が次のいずれかに該当するときは、懲戒解雇とする。ただし、平素の服務態度その他情状によっては、第51条に定める普通解雇、前条に定める減給又は出勤停止とすることがある。
⑪ 職務上の地位を利用して私利を図り、又は取引先等より不当な金品を受け、若しくは求め若しくは供応を受けたとき。 |
実際に、ある社員が取引先から個人的な謝礼を受け取ってしまった場合に、「不当な金品」といえるのか判断に迷うことでしょう。
懲戒処分に踏み切ることが困難かもしれません。
<線引きが困難>
そもそも懲戒処分の対象とすべきか、処分するにしても、どの程度重い処分とすべきか、考慮すべき要素は数多くあります。
・特定の行為に対する謝礼か、日頃お世話になっているという社交的なものか。
・現金ではなく、商品券、映画の無料鑑賞券、ハンカチならどうか。 ・お中元やお歳暮としてなら、お付き合いの範囲として許されるのか。 ・特定の部署や店舗が受け取る場合と比べてどうなのか。 ・取引先との関係から、断り切れなかった場合には許されるのか。 |
特定の行為に対する謝礼であれば、会社よりも取引先の利益を優先し、不正な便宜を図った可能性は高いでしょう。
この場合には、背任罪(刑法第247条)が成立する可能性もあります。
しかし、その社員が「社交的なものとして受け取った」と言い、取引先も「日頃お世話になっているので」と説明したら、特定の行為に対する謝礼であることを認定するのが、困難になってしまう恐れがあります。
<会社が取るべき対応>
本来は会社に帰属するはずの利益を、特定の個人が受領するというのは、不正行為となる場合も少なくないので、これを防止しようという目的から対応を考えます。
まず、次のルールを定め社内に周知します。
1.取引先から謝礼の申し込みがあったら、取引先には「会社の事前承認が要る」旨を説明する。
2.それでも断り切れない場合には、「お預かりする」という説明をする。 3.謝礼の申し込みがあったこと、または、お預かりしたことを上司に報告し、会社としての判断を仰ぐ。 4.上司は内容や金額に応じた決裁方法に従い、会社としての判断を対象社員に伝え、対応を指示する。 5.会社の判断と上司の指示に従い対応する。 |
こうしたルールの下では、「取引先から個人的な謝礼を受け取ること」が、懲戒処分の対象となることはありません。
「取引先から謝礼を受け取る場合のルールに違反すること」が懲戒処分の対象となります。
懲戒処分の対象とすべきかどうかの判断も、迷わず客観的に行うことができます。
なお、就業規則に規定する場合には、ルール違反に対する懲戒とは別に、会社の受けた損害を賠償させることがある旨も規定しておきましょう。
社会保険労務士 柳田 恵一