同一労働同一賃金に罰則が無い理由

同一労働同一賃金に罰則が無い理由

<労働基準法の役割>

日本国憲法第27条第2項が「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める」と規定しているのを受けて、労働基準法が制定されました。

労働基準法は、労働条件の最低基準を定めて、使用者に強制的に守らせることによって、労働者を保護しています。

労働基準法ができる前は、民法の「契約自由の原則」によって、労働者に不利な労働契約も許されていました。

それが、労働基準法の制定によって、労働者が人間らしく生きていく権利を確保するため、労働基準法違反の労働契約は許されなくなったのです。

労働基準法は、労働者を保護するため、使用者に適用される多くの罰則を規定しています。

実際にこの罰則が適用されるのは、使用者が悪質な違反を行い、労働基準監督官が事件を送検し、刑事裁判で有罪になった場合です。

<罪刑法定主義>

労働基準法が、具体的で分かりやすい基準を設けているのは、使用者一般に対して基準を示し、安心して経済活動ができるようにすることを目的としています。

仮に「若い人を夜遅くまで働かせてはならない」という規定があったなら、使用者は大学生を夕方以降に働かせるにも躊躇してしまいます。

労働基準法第61条第1項本文は、「使用者は、満18歳に満たない者を午後10時から午前5時までの間において使用してはならない」というように、具体的な年齢と、具体的な時間帯を示していますから、違法・合法の境界が明解です。

ある行為を処罰するためには、禁止される行為の内容と処罰の内容を、具体的かつ明確に規定しておかなければならないとする罪刑法定主義の考え方の現れです。

この罪刑法定主義は、日本国憲法第31条と第39条にもその趣旨が示されています。

<同一労働同一賃金の考え方>

民法の「契約自由の原則」の趣旨を踏まえて、労働契約の締結を自由に任せておいたところ、正規労働者と非正規労働者との間で、不合理と見られる待遇差が増えてしまったという不都合が生じました。

原因としては、非正規労働者が使用者との間で労働契約の内容を決定する場合に、かなり弱い立場にあって、自由な交渉が大きく制限されているという実態が浮かび上がります。

つまり、当事者の対等な立場での交渉を前提とする「契約自由の原則」は、非正規労働者には当てはまらないのに、当てはまるものとして放置されてきたことに対する反省から、この待遇差を是正するために「同一労働同一賃金」が法制化されました。

改正前の労働契約法第20条や、現行のパートタイム・有期雇用労働法(短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律)第8条・第9条にその趣旨が示されています。

正規労働者・非正規労働者の区分がある以上、その間の格差は当然に存在するものであることは認め、不合理な差別とならないように均衡を求める趣旨となっています。

具体的には、担当する職務の内容(業務の内容と責任の程度)、職務内容と配置の変更の範囲(職種の変更、昇進、転勤など)、その他の事情(正社員登用制度の実績など)を総合的に比較したうえで、個別の賞与、退職金、手当、休暇などに不合理な差別が無いかを検討する形になります。

ここで、たとえば「非正規労働者の賞与と退職金は正規労働者の7割以上」などという具体的な数値で基準を示すことはできません。

そもそも賞与や退職金は、労働基準法で支給を義務付けられるものではありませんし、具体的な事情によって、支給の要否や妥当な支給金額は変わってきますので、法令で一律の基準を示すことなどできません。

基準が示せないのに罰則を設けるというのは、罪刑法定主義に反してしまいますから、同一労働同一賃金について罰則を設けることはできないのです。

<法的な解決方法>

同一労働同一賃金について、罰則が無いからといって、使用者が無視しても大丈夫ということにはなりません。

非正規労働者から、「私の労働条件は不合理な差別によるものであり無効です」「あるべき労働条件なら得られたはずの経済的利益と、実際に得られた経済的利益との差額を請求します」ということで、使用者に対して損害賠償が請求されうるのです。

大阪医科大学事件も、メトロコマース事件も、このような訴訟でした。

最終的に、最高裁判所で使用者側が勝訴したとしても、裁判に対応するための時間、労力、精神力、経費は大変なものです。

敗訴すれば、労働基準法に多く規定されている30万円の罰金よりも、遥かに多額の賠償金の支払を命ぜられるかもしれません。

同一労働同一賃金への対応を誤れば、会社の経済的なリスクが大きいことから、やはり慎重に取組む必要があるのです。

社会保険労務士 柳田 恵一